母さんだって完璧じゃない

母さんは持ってほしいのです。

いじめて喜ぶ子もある。
そして、その気持ちを、「何もかもあなたのためにしてやってるのに、どうしてお母さんの気持ちが分からないのと、子供にぶつけてはいないでしょうか。
こういうお母さんは、毎日の生活に疲れて、少しばかり心のゴムが伸びてしまっているのではないかと思います。
振り返ってみてください。初めて赤ちゃんを腕に抱いたその日から、あなたは毎日、の子のために何をしてあげよう」という意識で、世話をしてきましたか。おそらく、そうではないでしょう。それが、なぜ変わってしまったのでしょうか。新しい生命を育む喜びもいつの頃からか当たり前となり、不満やグチばかりの日常の中で、感性が鈍くなってきているからなのです。もう一度、初めの頃の母としての喜びと誇りを取り戻してください。こんなにしてやってるのにという言葉は出てこないはずです。
子どもを変えたいと思うならば

子どもに振り回されない

そもそも子供は無償の愛の対象とよく言われるとおり、子供を育てる、より良い人間になるようしつける、という行為に見返りを求めてはなりません。教育の成果は明日にもすぐ見ることができるというほど、簡単なものではないのです。
と同時に、感謝とは行為者が求めるものではなく、それを受ける側が感ずるものです。子を思うお母さんの気持ちに曇りがなければ、子供はちゃんとそれを感じています。
感じてはいても言葉や態度に現わす前に、気持ちに反して失敗や過ちを繰り返してしまうのです。それは、子供が大人以上に未完成な人間だからです。決して親の心子知らず
ではないわけです。
親は子の鑑、子は親の鏡【禁句】「大人と子供とは違いますよ。

 

教育ができない。

今はあなたのことを言ってるんでしょ」
【名句】「確かにお母さんもいけなかったかも知れない。
だったら一緒に直していこうね」
私が十年にわたって中学·高校の教壇に立っていた間には、生徒の父母に会う機会がいくどとなくありました。そしてそのたびに感じたのは、どのお母さんもそれぞれの生徒にとても良く似ていることです。
親子だから似ているのは当たり前ですが、性格や長所·短所まで、という意味です。
子どもはみんな四十歳で死んでしまう

子どもだけに限ったことではないのです。
うちの子はどうもお喋りで困るんですよ
私が言っているのは単に顔や姿だけでなくと切り出し、三十分間も一方的に喋り続けて帰って行ったお母さんもいました。
ど子は親を見て育つのだな、と実感したものです。
なるほ考えてみれば、親にとってこれほど恐いことはないかも知れません。良いところばかりでなく欠点までも、子供に真似されてしまうのですから。子にこうなって欲しいと思えば親もそうならなければ、と言いましたが、子にこうなって欲しくないと思う点は、親もまた厳しく自省し改めねばならぬわけです。悪いことだからしてはいけない、と子供にいつも言っているようなことを、親が平気でするのであれば、しつけの効果はゼロどころかマイナスになってしまうと思います。
一方、子供のほうもただ無自覚のまま、親にならっているだけではありません。
ぶらな瞳で親の行ないをじっと見つめているのですから、時には
そんなこと言うけど、お母さんだっていつも約束破るじゃないのそのつと、反撃に転じることもあります。

 

子どもなのによくてんな複雑な迷路がつくれるものだ

というものがあります。これがすなわち対話の基本です。
対話とは文字どおり、対等に話をすることです。話し、かつ聞くことを意味しています。
そんなことは当たり前だと言われるかもしれません。
私たちは実に下手なのです。
ところが、この当たり前のことがこちらから話すとは、要するに自分の頭の中にあるものを理解してもらうという作業に他なりません。人間は誰でも自分を理解してもらいたい欲求を持っています。しかもそれは相当に強いものですから、つい聞く-相手についての理解にもまた努めるという作業をおろそかにしてしまうのです。
でも本当は、相手を理解することから初めて、互いの心の交流も、自分以外の者に対する思いやりや愛情も生まれてくるのではないでしょうか。だからこそ私たちは、気持ちとしては
二倍聞くぐらいのつもりで、ちょうど良いのです。
この話すより聞くという作業を、とりわけお母さん方は苦手としているのではないか、と私には思われます。若いお母さん方とお話ししていて強く感じるのですが、その内容のほとんどがうちの子はです私の主人はです里の父はです
といった発言で占められているのです。

子どもたちをこの農園でよく働かせた。


この時、いったい何人のお父さんお母さんが謙虚にこれを受け止めることができるでしょうか。親も人間ですから、ついカッとなって
大人と子供とは違いますよ!!
という、ますが、理屈にもならない例のキマリ文句で押さえ込もうとする場合が多いことと思いこれでは子供も納得しません。
親は子の鑑!手本であると同時に、子は親の鏡|親の姿を映し出す鏡です。どうしてお前は、そうだらしがないの!!と叱る時、もしかしたらそれは親の姿であるのでは……と、自らも省みることができるお父さんお母さんだけが、子供を育てることによって自分も一緒に成長してゆけるのではないでしょうか。
話し上手よりも聞き上手になれ私が好きでよく使う言葉の一つに「人間に耳が二つ、口が一つあるのは、話すことの二倍聞くためである」
子どもを変えたいと思うならば