学校で受けた抑圧から解放することができたのです。

子どもがことを続けていてもただ口先

自身も子供の頃、こう言われるのが一番嫌ではありませんでしたか。
された子供たちは、内心、何だよ、いつもタカシ君タカシ君って、ボクはボクなのにさ
お父さんやお母さん友だちや兄弟と比較と思いつつも、お母さんの指摘も当たっているだけに、すっかりイジケてしまいます。
真正面からの反論もできずとりわけ兄弟間ですと、状況はもっと悲惨になりかねません。
少なく、せいぜい二人ですから、その間で比較され叱られると、ランク付けされてしまうわけですどうせボクは、何したってお兄ちゃんにはかなわないよ
ママが可愛いのは、妹のほうだけなんだわ
昔と違って今は兄弟数が自動的に自分が最下位にこんなふうにヒガんでしまっては、ますますやる気をなくすだけです。
子どもはそれを信じ

中学校だったらどうであろうか。


子どもが本当に気持ちよく

>子どもを大事にしすぎる子供というものは、一人一人違います。たとえ兄弟姉妹であっても、その性格や能力はずいぶん異なっています。ある子は別の子より、一つの面では劣っていますが、もう一つの面では優れています。いえ、劣っているように、見えるだけで、単に表われ方が違うだけかも知れません。それを単純な比較で評するのが、そもそもの間違いなのです。
人を見て法を説けと言いますが、やはりそれぞれの子に合ったしつけ、叱り方·ほめ方があります。我が子の考えや行動を本当にキメ細かく観察できるのは、身近にいるお母さんだけなのです。どうかラクをせずに、その子の個性を充分に尊重した上でのアドバイスを考えてみてください。
子供の小さな努力が見えるのはお母さんだけ
【禁句】何なのよ、このテストの点は!
怠けてる証拠でしょ

【名句】「そう、六十点だったの。
よく勉強してたのにね。
ちょっと惜しかったわね」
子供が学校へ通い始めると、お母さんの頭の中はもう成績のことでいっぱいです。


子どもには洞察力が生じません。

小学校低学年のうちは漢字や計算

母象のジャンボなにしろ我が子の能力や成長の度合いを、通知表とかテストの点で歴然と示されるのですからどうしても関心がそちらに向いてしまいます。おまけにそれは00君よりはできるとかXXちゃんより負けるといった比較を可能にさせるものなので、親としては気になって仕方がない、というところでしょう。
そういう意味では、成績の存在は本当に罪なのかも知れません。それにこだわるあまり、成績の良い子は優れた子、成績の悪い子はダメな子、などという片寄った考えに、親も子供も振りまわされているように思います。
しつけないことです。

父親とわたしを見ているかもしれない。けれども成績はあくまで結果の評価でしかありません。また、十人の子供がかけっこをすれば必ず一等の子とビリの子がいるように、成績が一番の子もいれば、最下位の子だっているのは当然なのです。だからといってビリの子が一番の子より人間的に劣っているのか、将来にも期待できないのかといえば、決してそんなことはありません。
大切なのは、その子が自分の力のギリギリまで努力したかどうかです。たとえ数字の上ではパッとしない成績であっても、一生懸命にやった結果であるなら、それは立派な成績ですし、誇るに値するものです。
本当は、どのくらい努力したかによって通知表やテストの点数がつけられれば一番良いのでしょうが、現状ではなかなかそうもいきません。


教育がすごいなと思

四十人の子供を受け持つ先生が、それぞれの子供の二十四時間、三百六十五日の生活の隅々まで見つめることは、残念なことに不可能なのですからそれができるのは、お父さんお母さんだけです。少なくとも親だけは、結果だけで子供を評価するのではなく、その過程を認めてやらなければならない義務があるのではないでしょうか。
「点数はたいしたことなかったけど、今回は良く勉強してたわねって言ってくれた。やっぱりママだけは、私のことを良く見てくれてるんだわ」
そう思うと、子供の心には安らぎと自信が生まれます。努力の尊さを知る子の将来はたまたま成績が良いだけの子より、ずっと明るいものなのではないかと思います。
男の子のくせに、女の子のくせに【禁句】
女の子のくせに、お友だちを泣かせたりして。
やさしくない子はお嫁にも行けませんよ﹂【名句】
あなたが同じことされたらどうなの、いやでしょう。
だったら、してはいけないわ男の子のくせに女の子のくせにという叱り方があります。
両親が信じてあげなくてお父さん

教育者だと言ってるここが私とは違います。

子どもたちのために働きました。一般的に男の子だったら気が弱いすぐに泣く引っこみ思案など性格面での弱々しさが、女の子なら言葉づかいや立居振舞いが乱暴だらしないケンカっ早いなど行動面でのガサツさがその対象となりやすいようです。
男と女とは、同等ではあっても同質ではありません。ですから、私は女の子ボクは男の子という意識がはっきりと確立される中学生以降では、それぞれの導き方もおのずと違ってくると思います。しかしそれ以前の、人間としての基本的なしつけを身につけさせる段階では、男の子も女の子もありません。男の子のくせに女の子のくせにとあまり言いすぎるのはちょっとどうかと思います。
第一に、子供たち自身がもっとも嫌がる叱り方の一つなのです。